歯医者−2

歯医者に行った。

海外生活は累計12年を超えるが、歯医者だけは器用な日本人に限る、との信念でやってきた。が、パリには一人しかおらず、予約は1カ月先までいっぱいとなると信念はすぐ曲がり、歯の脱落から1週間後、やっと予約の取れた仏人医師の所へ行った。

表札に○○Jrと出ていたので、若い先生かと勝手に想像していた。待つこと20分、現れたのは老眼鏡をかけたいいお年の医師であった。

歯を入れる時の想定問答、例えばカチカチ噛んでくださいと言われて果たして理解できるだろうかとの疑問があり、ちょっと高いとか、痛いとかの意志表明を流暢にすべく、フランス語を一応予習してはあったが、その場になると全く役に立たなかった。

なんとか英語でお互いの意志疎通を図った。我が方は、とれた下側の歯をはめるだけでボン、と主張するのだが、向こうは、かみ合わせの観点から上側の歯を修繕をしたいと説明しているようだ。でもハッキリそうだと確信があるわけではなく、こちらの思い込みだけでウイとは言えない。ともかくハメるだけで勘弁してもらうことでやっと合意に至るのに約10分は要した。

処置してもらい、かみ合わせをチェック、やや高い感じだと表明しても、そんなもんだ、もし来週になっても違和感があるならまたおいで、とのこと。なんかいい加減だなあ、でもまあいいか、歯が入っただけで良しとしよう、と自分を納得させた。

最後に診断書を書いて欲しい、とお願いしたところ、何のために?と逆に質問された。治療費の保険での還付請求のため必要、と答えると、ただハメ直しただけのことで治療していない、よってカネは取れない、では楽しいパリ滞在を!と言われた。大いに驚きかつ恐縮し、さらに感極まった謝意としてメルシボクーを3回表明し、辞した。

小雨降る帰路の道すがら、疑問がわきあがる。
親切で太っ腹な先生だが、無料とはこの医師の個人的属性あるいはフランス的なるものに起因することなのだろうか?
日本だったらシステムとして最低初診料は自動的・無機質的・血も涙もなくキッチリ取るだろう。絶対タダということはない!
この彼我の違いはどこから起因するのだろう?このようなおおらかさというかゆるさが、こちらの人の気質あるいは仕組みに内在するのなら、フランスいいじゃん!
少々時刻通りに電車が来なくても許せる気持ちになってきた。

さあ歯も入った。来週はカモでもバリバリ食べるか!(いの)