サン・ジェルマン界隈の教会
まず7区セーヴル・バビロンのボン・マルシェ・デパートからほど近い、1830年に聖母マリアが出現したというカトリックの聖地、奇跡のメダイユ(メダル)教会へ。
礼拝堂入口、左右の楕円がメダルの裏表を表わしている。
聖母マリアを祀る教会が完成した1830年、修道女カタリナ・ラブレはマリア様から「人々のために心を込めてメダルを作りなさい」というお告げを受ける。2年後パリで
コレラが大流行、2万人を超える死者が出た折、2千個のメダルを作り人々に配った
ところ、コレラが収束したそうな。こうして、メダルを手にした人に奇跡が起こる、幸福が訪れるということで「奇跡のメダイユ」が世界中で有名になり、特に女性に人気だ。
教会への通路の左側の壁に奇跡の事蹟がレリーフされている。
そういえば近くのサンジェルマン・デ・プレ教会の中にも入ったことがない、と思いだし向かった。それこそ百回はこの界隈を歩き回っているのに、この教会を真面目に訪れたことがなかったのは何故だろう。
この教会の由来は、フランク王国のヒルデベルト一世(メロヴィング朝の創始者クロヴィスの息子)がスペイン遠征の戦利品である聖遺物を納める修道院を建てさせた時、
すなわち6世紀半ばに始まる、というから古い。
その後いろいろな歴史がここには集積しているが、単純にまとめると、ベネディクト会の大修道院として隆盛を極めたが、大革命で廃止となった結果、壊されたり火事にあったりして3本あった鐘塔は現在1本だけしか残っていない。
身廊は11世紀。
内陣は12世紀半ばのもの=ノートルダム大聖堂とほぼ同じ頃。
この教会は修道院付属だったため
規模は小さい。全体にこじんまりとして、
地味で暗かった。
広場を挟んだ反対側には有名カフェ、ドゥ・マゴとフロールがある。
ここが有名になったのは実存主義華やかなりし頃、セーヌ左岸の文士や芸術家たちの溜まり場になっていたためだ。
教会内に足を踏み入れたことのないのがもう一つあった。ここから指呼の距離にある
サン・シュルピス教会である。その間はたった5〜6分の距離だ。
広場中央の噴水はヴィスコンティ1844年の作。
ブールジュ大司教だった聖シュルピスに捧げられたこの教会は、サン・ジェルマン・
デ・プレ大修道院の領地の農民のための教区教会として建立された。
増改築がたびたび行われ、現在の姿には18世紀半ばに出来上がった。ノートルダム大聖堂よりやや小さく、パリ第二の規模を誇る。
内部は広く大きい。
ピガール作聖母子像も
見上げる大きさだ。
ドラクロワの壁画のある礼拝室は修理中で見れなかったのは残念だった。
1862年に改修されたフランス最大のパイプオルガン。
セーヴル・バビロンへ戻る途中の広場に変なモニュメントがあった。
サルバドール・ダリ風。
ボン・マルシェに寄り、自分用のケーキを買って帰りました。(いの)
Chapelle Notre-Dame de la Médaille Miraculeuse
Eglise St-Germain-des-Pres
Eglise St-Sulpice